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思ったより遅くなってしまった。


まだ五時を回ったばかりだというのに、雲が低く垂れ込めた冬空はすでに暗い。
だが地上は、街灯や店の窓から漏れる光が道脇に積まれた雪に反射し、妙にほの白い。
自動車の轍(わだち)の形に雪が剥げ、アスファルトがところどころ顔をのぞかせている、
その部分を選んで、ぽてぽてと家路を急ぐ。

ぽつぽつと時折顔に当たる冷たい粒は、雨かそれともみぞれか。
雪が緩んだ足下は、溶けかけたシャーベットのように水気を含んでべしょべしょしている。


ふと、背後から似たようなべしょべしょという音が聞こえた。
誰かが自分の背後を歩いているらしい。それも、似たような速度で。

ずっと後をつけて来られるのは、正直あまり気分のいいものではない。
わざと足取りをのろくする。追い抜いて先に行ってほしい。

ところが。
いつまでたっても、後ろから誰かが追い越していく様子がない。
しかし、足音は相変わらず聞こえている。べしょべしょ、べしょべしょ、と溶けた雪を蹴る音が。

不審者か? 嫌がらせだろうか?
道の両側はすぐに人家だし、まだ時間が早いこともあって、それほど怖いとは思わなかった。
いざとなれば大声を上げて明かりのついている家に飛び込めばいい。
恐怖よりも不快感のほうがまさって、無表情で振り返り背後を見つめた。


誰もいない。


え、と虚を突かれてまじまじと辺りを見回すも、どこにも人の姿はない。
かといって、とっさに隠れたような気配もしなかった。
気のせいだったのだろうか、と首をひねりながらも前に向きなおると。


じゃりじゃり、べしょべしょ。

やはり、聞こえる。

振り返ると、そこには白々としたみぞれに覆われた道があるばかり。



あー、これはあれかな。
出会うのは初めてだけれど。
びしゃが憑いた、かな。

前を向いたまま、口の中で小さくつぶやく。
「びしゃびしゃさん、びしゃびしゃさん、お先にどうぞ」
そう言って道の端に寄る。と、誰の姿もないのに。

べしょべしょ、びしゃびしゃ、という足音だけが、目の前を通り過ぎていった。

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