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家へ入ると、じんわりと油の匂いが漂っていた。
どうやら揚げ物をしているらしい。
香ばしいけれど脂が濃い感じの鳥唐揚げなどとは微妙に違う、
もう少しあっさりした感じの匂い。
なにか野菜系を揚げているものとみた。
ポテトかな。いや、それほど重い感じもしないか。
コートをかけ、手を洗いに台所へと向かう。
思った通り、コンロの前には姉の姿があった。
パチパチと油が爆ぜる軽やかな音。
コンロの横、シンク台の上に置かれた皿には、
なにか薄茶色のころころとしたものがこんもりと。
「なにこれ?」
「挨拶は? 帰ったらまずただいま、でしょ。そんな子に育てた覚えはありませんよ?」
「おまえに育てられた覚えはないんだけど」
「へりくつ言う前にまず挨拶!
親しい仲にも礼儀あり、挨拶は人間関係の潤滑油だって、何回教えたらこの子は---------」
「……ただいま」
オカンごっこをいつまでも楽しまれてはたまらない。
慌てて帰宅の挨拶を述べると、姉は満足したかのように、うむ、と偉そうに頷いた。
「で、なにあげてんの?」
「アーラーレーだよー」
まるで某有名ロボット眼鏡っ娘のような甲高い声で節をつけながら姉は答えた。
「あられ? あられって煎餅の小っさいみたいな、あれ?」
「煎餅はうるち米から作るの!
あられは餅米。どうせ間違えるんならせめてオカキにしときなさい」
見ると、シンク台の上には親指の爪大に細かく切られた白い粒がこんもりと載っている。
どうやら餅を細かく砕いたものらしい。
「それ、餅?」
「そ。今日は鏡開きだから」
そういえば今日は1月15日、小正月だ。
「いつもぜんざいとか雑煮ばっかりだから、たまには目先を変えてみようと思って」
「あられって餅から作れるんだ? というか鏡開きって今日か? 11日じゃないの?」
ちっちっ、と姉は菜箸を持った手を振る。行儀悪いな、おい。
「確かに関東地方は11日。
だから、テレビ文化で広まって全国的には11日ってことになってるけど、
もともとは15日。
関西や他のところでは今でも15日ってところも多いし、
中には20日ってところもあるの」
だいたい、こんなに細長くて気候も違う日本の文化を画一的に統一してしまうのはどうかと思うのよねー、文化的多様性というものが尊重できない社会というのは、閉塞的で衰退していくと思うんだけれど……
と始めた姉に慌てて声をかける。
ここらで話を逸らさないと後が長い。
「煎餅とあられが材料が違うのはわかったけど、おかきは何? あられとどう違うの?」
「大きさ」
というのが姉の端的な返事だった。
「大ききゃおかき、小さいとあられ。もっと大きければかき餅とも言うわね」
「かき餅、あ、なーるー」
思わずぽんと手を打つ。おかきと繋がった。
「でも、酒のつまみには小さい方がいいから。だから今回はあられ」
やっぱりつまみなんですかいお姉様。
姉はからりとキツネ色に揚がったあられを鍋からあげると、
油取り紙の上へざらざらっとあけた。
その横には、すでにあられの入ったビニール袋が二つ。
視線に気づいたか、姉が解説する。
「少し冷ましてビニール袋の中で味付けすんの。
片っぽがコンソメ味で、片っぽがのり塩」
粉チーズとガーリックパウダー味のも作ろうか、ワインに合いそう、
という台詞にやれやれ、と肩をすくめ、自分の部屋へ行こうと踵(きびす)を返す。
すると、背後から再び姉の声。
「ああ、そうそう。さっきあんたを訪ねてお客さん来たわよ」
「客?」
「ガッコの友達だって。女の子。借りてたレポート用の資料返しに来たって」
ほらそこ、と姉が示すテーブルの上を見れば、確かに本が数冊積んである。
「ねえねえ、あの子、あんたとどういう関係?」
姉の声が興味津々、という感じの熱を帯びた。
「可愛い子じゃない。えーと、確か、タカダスズコ、さん、だっけ」
「どういう、って、別に、普通の学校の同級生だけど」
「えー? ほんと?」
姉はじとっとした横目でこちらを見やる。実に楽しそうだ。
「あんな可愛い子前にして、
指をくわえて見てるような草食男子に育てた覚えはありませんよ?」
「だから、おまえに育てられた覚えはない、っつーの」
「ただの同級生ねえ。あんたはそうでも、向こうは違うかもよ?
いくらレポートに必要な資料だからって、わざわざ家に訪ねてきたりする?」
「さあ。なにかのついでか、親切なんだろ」
「またまたー。モテる男は違うねえ」
「だから、そんなんじゃないって」
「でも、まあ、あんたには陽奈ちゃんがいるか」
姉は納得したように一つ頷くと、再び鍋に菜箸を突っ込んだ。
「陽奈もそんなんじゃないのは知ってるだろ? 単なる幼なじみってだけで」
「まあ、陽奈ちゃんとはつきあい長いしねえ。幼稚園のときから一緒だっけ?
そろそろ飽きてもおかしくない頃だとは思うけど、二股はいかんよ、二股は」
「勝手に言ってろ」
姉がこちらをオモチャにして遊んでいるだけなのはわかっている。
肩をすくめて会話を打ち切ると、立ち去りがてらにテーブルの本を取り上げ、台所を後にした。
部屋に戻って、本に目を落とす。
高田がどういうつもりでこの本をわざわざ届けに来たのか---------
深く考えると、なにかが変わりそうな気がして、
慌てて書棚の上の方へと本を押し込んだ。
我ながら、不甲斐ないというか、ヘタレなのはわかってます。たぶん。
どうやら揚げ物をしているらしい。
香ばしいけれど脂が濃い感じの鳥唐揚げなどとは微妙に違う、
もう少しあっさりした感じの匂い。
なにか野菜系を揚げているものとみた。
ポテトかな。いや、それほど重い感じもしないか。
コートをかけ、手を洗いに台所へと向かう。
思った通り、コンロの前には姉の姿があった。
パチパチと油が爆ぜる軽やかな音。
コンロの横、シンク台の上に置かれた皿には、
なにか薄茶色のころころとしたものがこんもりと。
「なにこれ?」
「挨拶は? 帰ったらまずただいま、でしょ。そんな子に育てた覚えはありませんよ?」
「おまえに育てられた覚えはないんだけど」
「へりくつ言う前にまず挨拶!
親しい仲にも礼儀あり、挨拶は人間関係の潤滑油だって、何回教えたらこの子は---------」
「……ただいま」
オカンごっこをいつまでも楽しまれてはたまらない。
慌てて帰宅の挨拶を述べると、姉は満足したかのように、うむ、と偉そうに頷いた。
「で、なにあげてんの?」
「アーラーレーだよー」
まるで某有名ロボット眼鏡っ娘のような甲高い声で節をつけながら姉は答えた。
「あられ? あられって煎餅の小っさいみたいな、あれ?」
「煎餅はうるち米から作るの!
あられは餅米。どうせ間違えるんならせめてオカキにしときなさい」
見ると、シンク台の上には親指の爪大に細かく切られた白い粒がこんもりと載っている。
どうやら餅を細かく砕いたものらしい。
「それ、餅?」
「そ。今日は鏡開きだから」
そういえば今日は1月15日、小正月だ。
「いつもぜんざいとか雑煮ばっかりだから、たまには目先を変えてみようと思って」
「あられって餅から作れるんだ? というか鏡開きって今日か? 11日じゃないの?」
ちっちっ、と姉は菜箸を持った手を振る。行儀悪いな、おい。
「確かに関東地方は11日。
だから、テレビ文化で広まって全国的には11日ってことになってるけど、
もともとは15日。
関西や他のところでは今でも15日ってところも多いし、
中には20日ってところもあるの」
だいたい、こんなに細長くて気候も違う日本の文化を画一的に統一してしまうのはどうかと思うのよねー、文化的多様性というものが尊重できない社会というのは、閉塞的で衰退していくと思うんだけれど……
と始めた姉に慌てて声をかける。
ここらで話を逸らさないと後が長い。
「煎餅とあられが材料が違うのはわかったけど、おかきは何? あられとどう違うの?」
「大きさ」
というのが姉の端的な返事だった。
「大ききゃおかき、小さいとあられ。もっと大きければかき餅とも言うわね」
「かき餅、あ、なーるー」
思わずぽんと手を打つ。おかきと繋がった。
「でも、酒のつまみには小さい方がいいから。だから今回はあられ」
やっぱりつまみなんですかいお姉様。
姉はからりとキツネ色に揚がったあられを鍋からあげると、
油取り紙の上へざらざらっとあけた。
その横には、すでにあられの入ったビニール袋が二つ。
視線に気づいたか、姉が解説する。
「少し冷ましてビニール袋の中で味付けすんの。
片っぽがコンソメ味で、片っぽがのり塩」
粉チーズとガーリックパウダー味のも作ろうか、ワインに合いそう、
という台詞にやれやれ、と肩をすくめ、自分の部屋へ行こうと踵(きびす)を返す。
すると、背後から再び姉の声。
「ああ、そうそう。さっきあんたを訪ねてお客さん来たわよ」
「客?」
「ガッコの友達だって。女の子。借りてたレポート用の資料返しに来たって」
ほらそこ、と姉が示すテーブルの上を見れば、確かに本が数冊積んである。
「ねえねえ、あの子、あんたとどういう関係?」
姉の声が興味津々、という感じの熱を帯びた。
「可愛い子じゃない。えーと、確か、タカダスズコ、さん、だっけ」
「どういう、って、別に、普通の学校の同級生だけど」
「えー? ほんと?」
姉はじとっとした横目でこちらを見やる。実に楽しそうだ。
「あんな可愛い子前にして、
指をくわえて見てるような草食男子に育てた覚えはありませんよ?」
「だから、おまえに育てられた覚えはない、っつーの」
「ただの同級生ねえ。あんたはそうでも、向こうは違うかもよ?
いくらレポートに必要な資料だからって、わざわざ家に訪ねてきたりする?」
「さあ。なにかのついでか、親切なんだろ」
「またまたー。モテる男は違うねえ」
「だから、そんなんじゃないって」
「でも、まあ、あんたには陽奈ちゃんがいるか」
姉は納得したように一つ頷くと、再び鍋に菜箸を突っ込んだ。
「陽奈もそんなんじゃないのは知ってるだろ? 単なる幼なじみってだけで」
「まあ、陽奈ちゃんとはつきあい長いしねえ。幼稚園のときから一緒だっけ?
そろそろ飽きてもおかしくない頃だとは思うけど、二股はいかんよ、二股は」
「勝手に言ってろ」
姉がこちらをオモチャにして遊んでいるだけなのはわかっている。
肩をすくめて会話を打ち切ると、立ち去りがてらにテーブルの本を取り上げ、台所を後にした。
部屋に戻って、本に目を落とす。
高田がどういうつもりでこの本をわざわざ届けに来たのか---------
深く考えると、なにかが変わりそうな気がして、
慌てて書棚の上の方へと本を押し込んだ。
我ながら、不甲斐ないというか、ヘタレなのはわかってます。たぶん。
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