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「商売繁盛、笹もって来ーい!」

威勢のいいかけ声と共に、小判や鯛などの吉兆を賑々しく飾り付けられた福笹が振られる。
しかし、賑やかなのも福笹を扱う授与所の周辺だけだ。
降り出した雨が、餅撒きに集まった善男善女の快活さを奪い取る。

今日は一月十日、恵比寿神社の初えびすだ。
もうじき、二時になれば、石段の上の社殿の向拝から餅が撒かれる。
福餅で、食べれば福がつくというので、
試験勉強追い込み中の兄のために絶対に取ってこいと母から厳命が下りた。
それでこうして、大勢の震える人々とともに刻限が訪れるのを待っているというわけだ。

寒いし、濡れるし、傘は持ってないし、
すぐに帰りたいのはやまやまだが、我が家では母の命令は絶対だ。
兄だって、神仏にすがるような可愛げがあるとも思えないが、
鰯の頭も信心、という言葉もあることだし、一つくらいは持って帰ろう。
少しは恩を売れるかもしれないし。

雨を避けるため、手水舎の軒下も社務所の軒下も人でいっぱいだ。
更に次から次へと押しかけてくる。
人のよさげなお婆さんに場所を譲り、曇天の下へと出たものの、
雨はさらに激しさを増し、氷の粒が混じった霙と化してゆく。
こんなことなら傘を持ってくればよかった、と後悔しても後の祭りだ。

拝殿にはまだ人の姿は見えない。
餅撒きが始まるまでまだしばらくあるらしい。
たまらず、拝殿の脇にある八幡様だかお稲荷さんだかの分社の方へと向かう。
そちらで、餅撒きがはじまるまで軒を借りよう。


脇道へ一歩入ると、いきなり人の姿が少なくなった。坂道だからだろうか。
山に抱かれた神社らしく、緑の香りが強くなる。
黒にすらみえる杉の林に、雪と変わりつつある雨が白く映えて美しい。
水墨画を見ているようだ。
ただでこれだけの名画を見られるなんて、得した気分になる。

ふと、前方になにか動く影があった。
どうやら自分と同様、雨宿りしにきた先客がいるらしい。
近づいて、その輪郭がはっきりするにつれ、思わず目を瞠った。


「…………鈴子?」


見間違えるはずがない。
顎で切りそろえられた艶やかな髪、青白いほど白い肌、
灰色にも見える不思議な色の大きな瞳-------あんな容姿を持つ少女は他にいない。

「ちょっと待ってくれ、おまえ、なんでこんなとこにいるんだ!?」
思わず大きな声が出た。
驚いたように、鈴子がびくり、と身をすくめる。
しかし、驚きのあまり言葉が止まらなかった。
「病気だったんだろ? ずっと寝込んでて、学校も休んでるのに? どうして、こんな……」

すると鈴子は、黙って微笑むと、じっとこちらを見た。
彼女と会うといつも感じる、思わず吸い込まれそうになるような瞳で。

「……鈴……」

一歩近づこうとしたそのとき。
背後で、わあっ、と華やいだ歓声が沸き起こった。
どうやら驚いている間に餅撒きが始まってしまったらしい。
反射的に振り返り、それではだめだ、とすぐに思い直す。
「おまえも餅撒きに来たんだろ? 早く行こ-------」
そう言いながら前方に視線を転じると、すでに少女の姿はそこにはなかった。


「……鈴子……?」


まるで夢でも見ていたかのように、見事に綺麗さっぱり、気配が消えている。
慌てて辺りを見回す。すると、視界の隅、山の斜面に一瞬、なにかが横切った。

銀に光るしなやかな毛並み。


ああ、そうか。


分社の小さな祠を眺める。
立てかけられている赤い小さな幟。確かここは、稲荷神社だ。


代わりに来たんだな。


山に向かって一礼する。
雨は、いつの間にか、雪に変わっていた。

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